冬の草津2
2017年12月29日
みやもんた at 14:05 | Comments(0)
冬の草津2

いつもの通り、草津温泉に行く前にいろいろなところを見学しました。鬼押出し園で観光客などほとんどいない極寒の中での楽しいひと時を過ごした後、中之条町歴史と民族の博物館(Musee)で勉強をしました(勉強??)
ここMuseeには、明治初期の擬洋風建築・旧吾妻第三小学校校舎(群馬県指定重要文化財)を活用した本館の展示室があり、中之条町を中心とした原始・古代から近代・現代までの歴史・民俗資料などが合計6,000点も公開されているそうです。
500年ほど前、上州吾妻地方は武田氏、上杉氏、北条氏などの戦国大名が争う重要な戦略拠点であり、地方武士団だった真田氏は武田氏滅亡後、西上州(現在の吾妻など)への進出を足がかりに、日本史に残る舞台に乗り出すことになったのだそうです。
こうした歴史的文化財について日頃から勉強し凄い興味を持っているGさんは、文化財説明ボランティアさんの説明に一言も漏らさないように聞き入りながら、次々に的確な質問を行い1時間を超える見学時間になりました(2時間にはならなかったかな・・・)。1時間を超える見学時間になったにも拘らず、涼しい顔して短かすぎたかのような顔つきのGさんに他の皆さんは疲れた表情を隠せませんでした。
特に勉強の嫌いな私は、この見学でフルマラソンを終えたような疲労感で夜の部の楽しみを頭に浮かべ、この場を乗り切りました。












いつもの通り、草津温泉に行く前にいろいろなところを見学しました。鬼押出し園で観光客などほとんどいない極寒の中での楽しいひと時を過ごした後、中之条町歴史と民族の博物館(Musee)で勉強をしました(勉強??)
ここMuseeには、明治初期の擬洋風建築・旧吾妻第三小学校校舎(群馬県指定重要文化財)を活用した本館の展示室があり、中之条町を中心とした原始・古代から近代・現代までの歴史・民俗資料などが合計6,000点も公開されているそうです。
500年ほど前、上州吾妻地方は武田氏、上杉氏、北条氏などの戦国大名が争う重要な戦略拠点であり、地方武士団だった真田氏は武田氏滅亡後、西上州(現在の吾妻など)への進出を足がかりに、日本史に残る舞台に乗り出すことになったのだそうです。
こうした歴史的文化財について日頃から勉強し凄い興味を持っているGさんは、文化財説明ボランティアさんの説明に一言も漏らさないように聞き入りながら、次々に的確な質問を行い1時間を超える見学時間になりました(2時間にはならなかったかな・・・)。1時間を超える見学時間になったにも拘らず、涼しい顔して短かすぎたかのような顔つきのGさんに他の皆さんは疲れた表情を隠せませんでした。
特に勉強の嫌いな私は、この見学でフルマラソンを終えたような疲労感で夜の部の楽しみを頭に浮かべ、この場を乗り切りました。